悪戯な幸せ

作曲・​作詞:玄徒ハクビ

編曲:ailuroad

例えば明日が僕らの終わりで
いまさら本音を指に託したとして
僕らは何にも言えやしないんだ
僕らは何にも見えやしないんだ

澄んだその目で
もう… うるさい
ねぇ…わかってよ

そう平和なんて響かないから
僕ら未来には不可能という文字だらけが行く手を埋めつくす
わかっていた

水色の鳥達が運んで来る
悪戯な幸せに…

売れないバンドの売れない尊厳が
売れたい本音を指に隠したとして
認めてよ、認めないよ
と歌う期待

逃げたしたいよ、逃げられないんだけど

その平和なんて意味がないから

僕らの現実には
大切にしてきた
報われない寂しさも
握り潰して、笑っていた

求めることに理由をなくした
こんなバカな僕らは
くだらないフレーズに揺られて、揺られて

生きてくことに
価値はあるの?
意味はあるの?
教えて、教えて

その平和なんて響かないから
僕ら未来には不可能という文字だらけが行く手を埋めつくす
わかっていた

求めることに理由をなくした
こんなバカな僕らは
誰かのフレームで
自由を抱きしめてしまうから

朝焼けの街を背に僕は逝く
悪戯な幸せに身を投げる

幸せについて本気出して考えてみた

玄徒ハクビ

幸せという言葉は誰もが知っているものであって
普通に生きていればある程度は感じることができる感情だと思う。
けれども幸せのあり方は異なっていて
大きさやタイミング、感じ方も人それぞれである。
また時代や年齢によっても絶えず変わっていくものでもあり
父親が望む幸せは自分にとっては満たされないことの方が多い。
その時その時に必要な幸せが一人一人に存在するのだ。

こんな悟ったようなことを宣っているが、かく言う自分はこの曲を作る時まで他人の幸せをずっと否定し続けてきた人間だ。
アイドルやホストに何万とのお金を注ぎ込んでその時だけ満たされて何が楽しいのか?
SNSでイイねやコメントを送りあって傷を舐め合う行為に何の価値があるのか?
あんな頭の悪そうなバカと結婚して惨めな人生を送ってもいいのか?
勝ち組に搾取されるようなことを進んでして頭が悪いんじゃないのか?
こんなことを頭で巡らせながら他人を罵り、あんな風には絶対にならないと幸せを着飾っている人を嫌い自分は不幸を気取っていた。
今思うと当時の自分にとってこれが幸せであったのだと思う(他人にとってみれば迷惑な話であるが…)。

そんな不幸自慢の一般人にも転機が訪れる。
ある日の授業が暇すぎてノートに
「幸せなのか?」と自問したことがある。
口では不幸だと言いつつもだいたい幸せなんだよなと漠然と思い返すことはできても具体的に何が幸せかと言われると答えられない。
それを紐解こうと一つ一つ幸せっぽいことを思い出しても他人や他の事例と比べると「それって幸せなのか?」と思うものばかりでむしろ自分が不幸であることを証明しているみたいでなんだか面白かった。

その後も幸せを証明することに挑戦したが何回やっても不幸を証明することになった。
ここから2つのことがわかった。
・幸せのカタチは人それぞれで他人とは比べられないということ
・幸せの価値観は自分の中でも絶えず変化していること

他人から見て明らかに不幸だと思えてもそれを否定できるものではないし、それは過去の自分に対しても当てはまっている。
つまり騙されているとわかっていても、馬鹿にされているとわかっていても、本人がその瞬間に幸せだと感じていれば幸せだということ(普通に幸せを感じることは言うまでもなく)。

当時の自分は幸せを感じている事実は一緒なんだから同じ尺度で理解できるんじゃないかと思い込んでいてボタン掛け違えていましたというお話でした。

🄫2019 つれづれ推進委員会