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未知との遭遇

未知との遭遇ナユタ
00:00

作詞:玄徒ハクビ

​作曲:ナユタ

​編曲:ailuroad

言い訳ばかりが増えすぎて
見えなくなり始めていた面影が
伏せ目がちな僕を睨んでる気がした


例えば今日、世界が終わっても
どんな後悔もしないと言えるか
逃げ出しても、諦めても
また何度でもやり直せるから


ほら、負けても負けても立ちあがり
そうさ、泣いても泣いても前だけ向いて
最後の最後に笑えるように
誰にも譲れない、未知を進んでいくのさ


ないものねだりが増えすぎて
色褪せて消えそうな面影が
「大丈夫」と僕を見守ってくれていた


何が必要で、何が足りないか
何が本当の僕なのか
他に誰も教えてくれはしないから


何度も信じて信じて気がついて
何度も不安な不安な夜を過ごした
最後の最後に待っているはずさ
誰にも進めない、未知がそこにある


辛くても、声が枯れても、僕らには夢がある
大丈夫、大正解、明日は晴れるから
怖くても迷わずに
この足で進むのさ

​

何回負けても負けても立ち上がれ
僕らの時代は僕らが作るのさ
誰もが生まれた意味を知る時
僕らは出会えるさ
そうさ、僕らの世界は僕らが変えるんだ
 

それこそ未知との遭遇

​

​

​

連綿と交差

ailurad

作詞者である玄徒さんはこう言いました。

「毎日の行動の積み重ねによって人は変化し続ける。

故に未来の自分は未知の存在である。

いつか訪れる『縁』のために、未知の自分と出会う歌なのだ」と。


また作曲者である吉岡さんは「予定調和的なアプローチと、

転調を匂わせる不安定なアプローチによって『縁』というドラマチックな言葉を

演出したい」と言いました。


では編曲者である私の役割は? もちろん、この両者を”繋ぐ”ことです。

​

私たちはもともと、「ナユタ」という名前でバンド活動をしていました。

大学の同期で同じゼミに所属していた本多さんに誘われ、

バンド活動を始めました。七年ほど前の話です。

その後しばらくして、吉岡さんも加入しました。

​

本多さんは歌とベースを、吉岡さんはギターを、私はドラムを担当していました。

私はドラマーとして、曲が綺麗に流れる為の接着剤、

つまり”繋ぎ”の様な役割を担っていたと思います。

​

私たちにとって創作活動で大事なことは、作品を創ることと、

それを鑑賞してもらうことです。

バンド活動においては、主にライブハウスが鑑賞してもらう場でした。

ライブハウスが、私たちとリスナーを繋ぐ場でした。
 

しかし後に創作活動について論議していく中で、

私たちとリスナーを繋ぐもっと良い形を模索していくことになります。

(この辺の話は『ソウシコウ−存在について−』でも語りましたが)


その結果バンドとしての側面は鳴りを潜めましたが、それぞれがそれぞれの

個性を活かしながらかかわり合い、新しいものを作り続ける意欲は

むしろ満ち満ちていきました。

​

しがないドラマーでしかなかった私は、作曲や編曲をするようになりました。

私自身、作編曲に興味があったことに加えて、

新しいナユタにとって必要な能力でした。

コード進行なんてものもろくに知らなかった過去の私からすれば、

今の私は”未知の存在”です。

本多さんとの『縁』から始まった音楽活動は、バンドとしての不安定な

時期もありました。

しかし皆がそれぞれ変化し続けることで、調和を手に入れました。
 

形を変えながらも音楽活動を続けている中で、吉岡さんが骨子を作り、

本多さんが意味を与えたこの曲を、私は今再び”繋いで”います。
 

『縁』がドラマだと言うなら、それはその通りです。

なぜなら、登場人物が一人しかいないのでは、ドラマたり得ないからです。

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